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6年生修学旅行 2日目 島原での学び

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年11月14日更新 <外部リンク>

修学旅行 2日目 11月14日(火曜日)

旧大野木場小学校 砂防みらい館

火山災害の実態を継承し、建設省利用活用構想災害メモリアルゾーンの基幹施設としての防災砂防学習施設です。

平成3年9月15日18時54分に発生した大火砕流により付近の民家等153棟とともに小学校は全焼しました。

深江町では、避難が徹底し人的被害はなかったもののこの災害の驚異と自然災害のすざましさを継承する火砕流遺構、

砂防学習拠点のひとつとして保存しています。

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平成新山をバックに被災した校舎です。

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校舎と同様に火砕流にともなう熱風で焼けてしまったイチョウの木です。

今では,鮮やかな緑の芽や黄色の葉を色づかせます。自然の生命力によって

よみがえったこの木が校舎敷地内にあります。

 

砂防みらい館での様子です。ガイドさんから詳しく説明を受けています。

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雲仙普賢岳は1990年(平成2年) 11月17日に噴火。

噴火直後から火山灰の影響で道路・鉄道などのライフラインが寸断されました。

火山灰は隣県の熊本県にも影響を及ぼし,火口の亀裂からマグマが噴出しました。

溶岩が噴出し粘性が高い溶岩の為、山頂付近に溜まる形となり大きな溶岩の塊になり,

 後に溶岩ドームと呼ばれる溶岩の塊が、さらなるマグマが溶岩ドームを押し出す形とな 崩落しました。

この火山ガスを含む多量の高熱火山灰の塊が、山の斜面を伝ってふもとに流れてく 現象が「火砕流」と呼ばれ

 この火砕流は島原半島南東部の深江町方面へ流れ出し多くの森林・物を焼き尽くしました。

 当時「火砕流」の危険性をあまり認知していない住民が多く、人的災害が起こりました。

「火山灰」「火砕流」「土石流」によって、人命・生活・未来への希望をすべて奪い去った 地域住民には

絶対に忘れる事が出来ない、悲惨な災害です。

 

自然災害の脅威を知り,子どもたちは何を学んできてくれるでしょうか。

(S・N)