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おまん・観音・宗吉蔵

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年12月26日更新 <外部リンク>

 田富に昔から次のような民話が伝えられている。それは、嘉永年間のことである。世利宗吉宅の蔵をある夜盗人が蔵破りしたが壁が二重になり中に砂が詰め込まれていたので、盗人は朝方までかき出せども、かき出せども砂が出て目的を達することができず、ついに引き揚げた。その際、一首残していった歌が「田富には似合わぬものが三つある宗吉蔵におまん・観音」という一首である。

 おまん・観音・宗吉蔵

 田富に似合わぬとは聞き捨てにならぬいい方であるが、田富村は藩政期「痛み村」といわれたほどの貧しさであったらしい。その田富村の自慢の一つがこの蔵で、手のこんだ作りで、名盗も蔵破りができないほどの珍らしい蔵であった。もう一つは「おまん」という近郷近在に評判の美人がいて、あまた青年のせん望の的であった。後に須恵村の陶器づくりの素封家に縁づいたことになっている。最後の一つは今も秘仏として残る西福寺の聖観世音菩薩像である。歴史上も由緒のある有名な観音像である。  

おしまい。