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旧志免鉱業所竪坑櫓(きゅうしめこうぎょうしょたてこうやぐら)

印刷用ページを表示する 掲載日:2002年1月24日更新

tatekou  danmen 

所在地福岡県糟屋郡志免町大字志免
所有者志免町
構造鉄筋コンクリート造
竣工1943(昭和18)年5月10日
大きさ高さ47.6m、長辺15.3m、短辺12.3m
制作者第四海軍燃料廠(設計者 猪俣昇)
文化財指定2009(平成21)年12月8日

概要

「竪坑櫓」は、ケージと呼ばれる籠を昇降させるために造られた巨大なビルディングです。この櫓の真下にまっすぐ掘られた深さ430mの「竪坑」という穴を使い、地下から石炭を上げたり、坑員を地下の石炭層まで移動させていました。まるで金づちを立てたような形の櫓に、巻き上げる機械が組み込まれた、エレベーターのような仕組みとなっています。さまざまな形の竪坑櫓の中で最も発達した形式で、地上8階、地下1階のうち、地上1階から5階までを柱のみで構成し、6階以上には壁をつけています。8階部分には吹き抜けの大空間があり、ケージの巻き上げに使われた1000馬力のモーターが、休みなく稼動していました。

 志免と類似する形式で、終戦(1945年)の前に建設された竪坑櫓は、これまで九州で造られたおよそ100の竪坑のなかでも、四山第一竪坑(三井三池炭鉱、荒尾市)にあっただけです。また世界中をみても、現在まで残っているものは、志免のほかにベルギーのブレニーと中国撫順の2か所だけだといわれています。その姿は、機能的で無駄のない造形美をもつ近代建造物であり、世界の産業技術史を語る上でも大切な遺産であるといえるでしょう。

 1957(昭和32)年には、21万トン以上も出炭していた竪坑も、1964年の閉山とともに稼動を停止します。現在、日本に現存する最大規模の竪坑櫓は、日本で唯一、開坑から閉山まで国営でありつづけた志免鉱業所の歴史を物語っています。

 日本の近代化を支えた竪坑櫓が、志免町のランドマーク、そして歴史と文化のシンボルタワーとして、広く親しまれることを願っています。

 竪坑櫓内部(巻上機設置部分)   当時の志免鉱業所の様子
竪坑櫓内部(巻上機設置部分)                  当時の志免鉱業所の様子

旧志免鉱業所竪坑櫓保存活用計画書

志免町では、平成23・24年度に国宝重要文化財等保存整備費補助金の交付を受け、「旧志免鉱業所竪坑櫓保存活用計画書」を作成しました。
本文には、文化財の価値を損なわない保存を行い、基準を設けて管理し、適切な活用を図るための方針が定められています。

旧志免鉱業所竪坑櫓保存活用計画書(本文) [PDFファイル/4.42MB]

ジオラマ

竪坑櫓(外観)  竪坑櫓(内観)

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