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随想~誰もが輝く住みよいまちをめざして~

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年12月27日更新

誰もが輝く住みよいまちをめざして

 志免町は、アジアの玄関口である福岡市の中心部から南東へ8km、また福岡空港から東へ2kmに位置します。町域は、南北に細長く、面積8.7平方キロメートルと小さい中に、人口45,154人(平成23年12月1日現在)が生活しています。福岡市との境に丘陵地がある他は、ほとんどが平坦地ですが、農地は少なく、市街地が大部分を占めています。平成22年の国勢調査では人口密度が、全国の町村で第一位となりました。空港や地下鉄に近いことや近隣に大型商業施設等があることから、生活に便利な町として、今日もなお人口が増加しています。他に資源のない我が町にとって、「人」はかけがえのない資源です。多くの人に住んでいただいている、志免町を選んでいただいているという喜びと同時に、安全・安心で快適に、住んで良かった、住み続けたいと思える、そんな町づくりを進めていく責任を感じています。

 世の中が少子化対策に取り組んでいるのに対し、本町の子どもの数は増加をつづけ、小中学校の増設の必要が生じるという、うれしい悲鳴もあります。子どもが増加する中で、子どもが生き生きと、自分らしく育ち、安心して生きること、成長して欲しいという願いから、平成19年には、志免町子どもの権利条例を制定し、子どもたちの目線に立った取り組みに努めています。今後もさらに、次世代を担う子ども達が、心豊かに、たくましく成長できる町づくりを目指し、子育て支援を推進していきたいと考えております。

 住環境の面におきましては高い利便性を備えているところですが、その一方で、産業や観光の面では、その資源に乏しく、魅力ある町づくりに頭を悩ませているところでしたが、平成21年に炭鉱の近代化遺産である「旧志免鉱業所竪坑櫓」(ホームページでぜひ一度ご覧下さい)が国の重要文化財に指定されました。この竪坑櫓は、掘った石炭と働く人を昇降させる建造物で、地下430mまで移動できました。櫓と巻上機が一つになったエレベーターの仕組みをもつワインディングタワー型と呼ばれるものです。重要文化財の指定に至るまでは、紆余曲折があり、一時は解体か保存かで議論が沸騰しましたが、経済産業省やNEDOへの折衝を重ね、最終的に保存へ漕ぎつけることができました。当時は、解体するも保存するも、財政上の負担が大きく、進むも地獄退くも地獄といった状況でしたが、安全面で最低限の措置を行い保存するという「見守り保存」という画期的な方策により今日まで保存して参りました。この「見守り保存」から数年経ったのち、産業考古学会の認定を受け、更には国の重要文化財指定という歴史的な日を迎えることができました。この解体か保存かという議論は、方向性を決定することの難しさを改めて思い知らされた出来事であり、町長としての決断に至るまで、その建造物の圧倒的なスケール、重厚感と同様に、職責の重さを身に染みて感じ、歴史の法廷に立つ覚悟で取り組んだ課題でありました。しかし、今となっては良き思い出となり、国の重要文化財となったこの建造物を見るにつけ、感慨深いものがあります。

 かつて志免町の賑わいを成した「志免鉱業所」は、明治時代に石炭の採掘がはじまり、昭和39年の閉山まで、志免町の主産業として、また国営の炭鉱として日本の国土復興を支え、今日の我が町の礎を築きました。今後は、竪坑櫓を町づくりのランドマークとして、地域に愛される近代化遺産として、活用保存し、町の活性化のためにどう生かしていくかが、私に課せられた使命であります。

 昨年、「第五次総合計画」を策定し、まちの将来像を「誰もが輝く 住みよいまち」として掲げました。人口の増加、子どもの増加という恵まれた環境を生かし、住民一人ひとりが輝き、「住んでよかった」「住み続けたい」と思える魅力ある町づくりに、取り組んでいきたいと思います。そこに住んでいる人が主人公であり、何よりもそこに住んでいる人たちが一番大事なのですから。

 福岡県町村会長・志免町長

         南 里 辰 己

町村週報第2783号 平成23年12月19日 [PDFファイル/380KB] 

●全国町村会は、町村を中心とした地方自治の振興・発展に向けた政策に関する各種の調査・研究や政府・国会に対する要望、地方行政に関わりのある各種の政府審議会等への参加などの政務活動を中心に行っています。 一方、これらの活動を全国の町村長や関係機関、また広く国民の方に紹介するため、毎週の「町村週報」発行やホームページ(別ウィンドウで開きます)の公開など広報活動の拡充にも努めています。平成23年12月19日発行の町村週報に福岡県町村会長として南里町長の上記の随想が掲載されました。