竪坑櫓見守り保存へ
〜皆さまのご意見を募集します〜
保存可能の調査結果を受けて
シーメイト横にある竪坑櫓は、石炭が重要なエネルギー資源であった昭和18年、旧海軍省の新原採炭所第五坑として志免町内に建設されました。構造は鉄筋コンクリート製で高さは53.6メートルあります。戦後のエネルギー政策の転換により昭和39年に志免炭鉱は閉山しましたが、現在は竪坑櫓と周辺の土地は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が保有・管理を行っています。
竪坑櫓の建設から今日まで62年が経過しており、一部に剥離が見られます。昨年の台風時には剥離したコンクリートの破片が落下したことから、NEDOに安全管理を申し出たところ、早期解体の意向を示されました。それを受け、産業遺産としての価値や町の歴史を継承する意味から、できるだけ費用をかけずに保存できないかについて、今年4月に九州産業大学に調査研究を依頼しました。
その結果、竪坑櫓自体は、コンクリートの中性化・鉄筋のさびの程度から自重のみであれば崩壊せず、地震・台風時に対する安全地帯を設ければ保存は可能であるとの報告を受けました。これを受け広い視点から検討を重ねたうえで、現状のまま保存することとしました。この場合、NEDOとの交渉により、竪坑櫓と周辺の土地を無償で譲渡を受けることができます。
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操作員・作業員を運んでいたエレベーター(8階) | エレベーターの階数表示。地下、1階、8階しかない。 |
竪坑櫓と志免鉱業所

明治の初め、旧海軍省は軍艦の燃料炭に適する石炭を国内で発見できず、英国炭を使用していました。明治19年にイギリス人技師を招き全国の炭質を調査させたところ、須恵村新原(現在の須恵町新原)の石炭が適することがわかり、21年に海軍予備炭鉱に指定されました。翌年から採炭を開始した新原採炭所は、海軍燃料廠採炭部となり、39年に志免町内にて、第五坑・第七坑・第八坑が坑口を開きます。竪坑櫓は、先の大戦のさなか国のエネルギー対策から、最新の技術と膨大な国家予算を投入し、国の存亡をかけて昭和16年に着工、18年に完成します。20年には運輸省(現在の国土交通省)に移され、全国で唯一の一貫した国営炭鉱として栄えました。その後、日本コ国有鉄道(国鉄・現JR)志免鉱業所となり、31年に竪坑(深度430メートル)が完成、地下約600メートルでの作業も可能となり、良質な深層炭の出炭に威力を発揮しました。
採炭は昼夜を通して続けれられ、夜間の構内は照明に浮き出て、機械・選炭の操音・炭車のきしみとともに、さながら不夜城の様でした。各種福祉施設、医療施設も完備され、周辺では炭鉱住宅が数多く建ち並び、商店街は歩けないほどの人で栄えました。
戦後の国鉄時代、国土復興のためのエネルギーを支えましたが、総量2,200万トンの石炭を堀り上げ、昭和39年に閉山、75年続いた歴史にピリオドを打ちました。 |
保存の考え方
1.自重に耐え、崩壊することなく自立できる。また、万が一に備え周辺約40メートルの安全地帯を設置する。
2.志免町文化財保護審議会、土木学会から、歴史的・文化的および技術的価値の評価が高い。また、町の歴史として後世に引き継ぎたい。
3.町のランドマークとして町の活性化に結びつけたい。
4.竪坑櫓及び周辺のNEDO所有地(7,533平方メートル)を無償で譲渡を受け、有効活用できる。
見守り保存の方法と費用
1.安全地帯整備工事およびウォーキングロードの付け替え工事 平成18年度 1,000万円
2.維持管理費(保険・草刈など) 平成18年度以降 100万円/年
あなたのご意見を募集します
【提出方法】
住所・氏名・連絡先を明記のうえ、次の方法でお送りください。
【募集期間】
平成18年1月4日(水)〜31日(火) |
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